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ホットケーキは生がいちばん

頭ゆるゆるなインターネット

残り香


メンヘラ界の教祖



と、言うと誰なのだろう。





心の弱いあなた、儚さを捨てきれないあなた、死にたいあなた、消えてしまいたいあなた、唐突に無力感に襲われるあなた、



あなたの信じる神は誰ですか。




神には陶酔しませんか。



それならば、誰の言葉に依存していましたか。


好きな人ですか、自分を縛り付ける人ですか、自己啓発本の中の言葉ですか、聖書ですか、文学ですか、漫画ですか、小説ですか、歌の言葉ですか、



あなたが、縋り、依存し、助けられ、時に深く傷つけられながらも傷を癒された言葉は誰の放った言葉ですか。



インターネットの中に放られた名前も今生きてるかも知らない人の言葉ですか。




あなたの神様は誰ですか。












なんてことはない。どうでもいい。

でも、誰かの教祖様を、知りたかった。そんな気分だった。






どうせなら本当に、教祖とかになってみたかったかもしれない。


私の言葉を信じてくれていた人は今、元気だろうか。

インターネットに依存し、インターネットの関係こそが本当の繋がりだと信じ、自分のありのまま…ではないか、都合の良い部分を言葉にしていたころの自分の、言葉の世界を愛してくれていたほんの数人の、友達は元気だろうか。


(元気なの知ってるんだけどね)



私も誰かの教祖みたいな存在になれてたのかな。なってないか。


でも、あの時のインターネットに縋り、お互いの言葉に響きあい、共感しながら、お互いの世界をぼんやりと眺めながら、時に音楽や芸術に縋りながら、いたあの独特の薄暗い雰囲気は、なんだったんだろうね。





心弱く生きるにはあまりにも長く生きすぎたのかもしれない。


もう、処世術をなんとなく身につけてしまったしこの弱さを知られてはつけ込まれて消費されるだけされることも知ってしまった。生きている手応え的に、インターネットの言葉的に、心の弱い人は生きづらい。生きづらくてもうまくやらないことには、全て自分に降り掛かってくる。誰かが手を差しのべるにも限度がある。自己責任社会だから。


生きてることで楽しいことも知った。苦しいことがあっても黙っていれば過ぎ去るものもあることを知った。永遠に続くと思っていた苦しみの根本的なものは、もう無い。根本的な解決もしていないから似たような苦しみは巡ってくるにしても、だ。


だからもう、実は弱くないのだろう。多分。

むしろ弱さをひけらかして厚かましく生きている。わりとしぶとい方だと思う。早く消えてしまいたいと思いながら明日のごはんを作ってる。明日のことを考えて早く寝る。死んでしまえと思いながら、生きるための活動をしている。死なないことを、なんとなく知っているから。


時折弱い心の残り香が自分を襲う。

苦しみが積もってくる、と自分の頭では解釈してる。


昔に放り投げた言葉からもらった励ましの言葉を頭の中で反芻している。どこかでみた励ましの言葉を思い出してみる。

なんだろうこの自己満足と思いながら自分で自分のことを満たして終わる。



だけど結局、元気に生きていられるようになった。

弱さの残り香はするにしても、一応逞しく?生きている。


生きていられるようになった。




どこかの誰かも、そうなのでしょうか。



私が縋った言葉の持ち主も、そうなのでしょうか。




なんて、弱い心の残り香を置いてみました。









そういえばそういう香りのする曲をこの前見つけて、それをかけてたら隣にいた人もその曲を知ってて


すごくシンパシー、みたいなことがありました。




honeycom.wareを聴きながら

moでした。


ちなみに私の縋った音楽はアーバンギャルドです。もうあんまり聴かなくなったけど。