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ホットケーキは生がいちばん

頭ゆるゆるなインターネット

蜘蛛の劔

誰か、他人に意地の悪いことをしたことの無い人間はいるのだろうか。

姑息なことをせず、隣人を愛した人はいるのだろうか。

少なくとも、私は出来ませんでした。
そのツケが、今を創っているのかもしれない。




この前、食事会のチケットが余ってしまって中学のときの友達やその先まで一緒だった友人を呼んだ。ただ、一人だけ足りなくて、いわゆる「当時は友達グループが別だった」中学の友人を呼んだ。

私はタイミング的に、それぞれのグループに声をかけてしまったのである。

どちらも、私にとっては大切な友人だった。確かにそう…あまり関わりはないけれど、食事会一時間くらいだし楽しく話ができればと正直軽率にメンバーを決めた。

そして、「○○さんも参加になったよ」と声をかけたら、一人の様子が変わった。私はいかない、と言い出したのである。

私は、思い出した。昔、その子はその人に嫌がらせをされていた。
その人は、いろんな人に嫌がらせをしていた。靴を隠したり、給食着を隠したり。その子は特にターゲットにされていたように思う。

私の学校は、なにか気に入らないことがあるとその人のものを隠したり、仲間はずれにしたりするようなものが流行っていた。私も上靴がなくなったことがある。だから多分みんな、本当にスクールカースト上位の人間でなければなにかが無くなっていた。無視もあって、された時は辛かった。それをきっかけに不登校になってしまう人もいた。

そして、自分もそれを止めず、彼女を守ることも出来なかったことを思い出した。
それしか思い出せないけれど、本当はもっと酷いことをしたのではないか?
本当に正直にいうと近所に住んでて、帰り道にイタズラで犬のフンを踏ませるなんて最低なことをしていた…もう自分も十分に酷いことしてる。

私は、幼稚園の頃に村八分のような状態になったことがある。だから、多分幼稚な私は、自分がターゲットにならないようにということばかり考えていた。本当に最低だ。

こうなってやっと、当時のことを思い出した。私が知らないだけでもっと、酷いことをされていたのかもしれない。されていなかったのかもしれない。だけれども、とにかく、最悪なブッキングをしてしまった。


私だったら、どれだけ苦しいだろう。
なんて酷いことをしたんだろう。


その子に謝りの電話をいれたら「今の彼女がどんな人だかわからないから…行きたいけど、行きたいけど複雑な気持ち」と言われた。謝ったら、「○○は知らなかったでしょ」と言われた…私は、当事者なんだよ。知らないわけがない、なのに軽率に忘れていた。本当に、最低だ。

確かに、彼女は変わった。人を好きになって、あたたかみのある人になった。だけれど、その理屈は意地悪をされた人には関係がないことは未だに私を20年も前に村八分にした人間を許せない私が、知ってる。だから苦しかった。謝るしかなかった。
その時はなんとか終わったけれど、自分を憎んでも憎みきれない。そして、こんな場所に書いて誰かに救われたい自分も、浅ましくてひどく憎たらしい。消えてしまえばいい、本当に、消えてしまいたい。そんな酷いことをしながら、平然と生きて、さっきだってなにかに心を弾ませたりして、自分が恐ろしい。





私は、乗り越えられない。こんな卑劣なことをしておいて、平然と生きられない。
酷いことをしていたのに、忘れていたなんて、どんな人間性をしているんだろう。
そんな考えに包まれると、どうしようもなくなる。許されたい、だけれどもう許されることもできない、心のどこかで、誰かに、憎まれている。自分は憎まれている。消えてしまいたい。自分を愛してくれる人がいる。そのことすらも、申し訳立たない。これを知らない人に、私はそんなことしたことありませんといった顔で、平然ともう接することができない。怖い。とにかく自分が怖い。

もしも…生きるのならば、これは、どのように、受け入れていけばいいのだろう。意味のあることにするには、どうすればいいのだろう。きっと、命をなくしたりはできない。だから、生きるには…どうすればいいのだろう。