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ホットケーキは生がいちばん

頭ゆるゆるなインターネット

埋まる


舞台を観た。

応援を題材としたその舞台は、強く私の胸を打った。何故だろうか。何故か、涙が溢れてきた。


楽しかった、感動した。嬉しかった。大好きな劇場があって、そこでのびのびと歌い踊る人達。いい演技を見ることが出来た。すごくすごく幸せだった。心が洗われた。


本当は不安で仕方がなかった。最近心を失いやすい。喜びを喜びだと感じられなくなるようなことが多い。目の前に娯楽を提示されても無になってしまう。ふとしたときに、無くなる。だから怖かった。自分の本当に好きなものを目の前に心を無くしてしまったらどうしようって、怖かった。今日の朝も楽しみな気持ちと一緒にいろいろなことを考えてしまって自分が自分でなくなるみたいで嫌だった。なにをしても胸が締め付けられる心地で。


でもちゃんと、感動したり笑ったり、元気を貰えた自分がいた。ちゃんと生きようと思えた。よかった。本当によかった。気が付けば、1年ぶりくらいに観た舞台だった。あれだけ大好きだった舞台をみることもしばらくおやすみしていた。


舞台ってライブとはちょっと違う魅力がある。メッセージがあって、キャラクターがあって、そのキャラクターを演じる役者がいて、スタッフがいて、それは生身のオリジナルの人格を持った人間が魅せるライブとはまた違う魅力がある。非現実、なんだよね。

ずっと部活もやってて演劇が好きだから、でもそれを忘れていたからまた自分の手のひらの中にそういう気持ちも詰め込むことができてよかった。





何に追われていたのだろう。多分自分の心に追われていた。


いつだって人間の邪魔をするのは自分の心なのかもしれない。私は仮想敵に追い詰められている。被害妄想が強いから、勝手に背負い込んだ荷物を持ちきれなくて辛かった。


ただ淡々と働けばいいのに妙に息苦しさを感じる。期待をされているのか押し付けられているのかわからない役割を全うできる自信がない。全責任が君にあるみたいなことも言われる。冗談なんだろうけどでも私は、やりたい。ちゃんと。肩に力を入れすぎていてはうまくいかないけど今は元気がないから力が抜けない。余裕がない。いろんな締切が近付いていて追われている。余裕のない自分が嫌になる。みんな頑張っているのに同じ状況なのになぜ自分だけうまくやれないのか。

まわりで悪口みたいなのを聞かされて嫌になる。社内で当たり前に飛び交う使えないという言葉が私は一番嫌いだ。勝手に心が傷んでいく。


だから、怖かった。今日好きな舞台をみることが怖かった。ここのところなにをしてもふとした時に感情が消えてしまう。心が鬱ぐ憂鬱になる。好きな音楽を聞いても全然、楽しくない。なにも出てこない。それが怖かった。自分はどうなってしまうのだろう。


でも、ちゃんと、楽しかった。喜ぶことができた。偶然にも応援を題材としたその舞台で大好きな人達に何度も何度も何度も、応援された。



まだ君は君の強さを知らない

君の力は僕の希望


ひとりじゃない、そばにいるから

それを忘れないで




そんな歌が劇中に歌われていた。全身全霊、全力投球という言葉も沢山散りばめられていて。まだまだ自分は全身全霊でもなければ全力投球でもないな、と思った。



あと、パンフレットの最後にメンバーからの応援メッセージがあって。普段なら見逃すか筆跡の確認程度なのに。すごく自分の心に響いた。私は無意識に誰かの支えを欲していたのかもしれない。一人じゃないって実感を求めてる。最近はいつも一人じゃないことを教えてくれる人がいる。それなのにまた、求めてる。欲張りなのかな。


人は応援されることで勇気が出たり力を出すことが出来る。

応援することで救われることもある。



私は誰かのことを最近応援しただろうか。


私も、誰かを支えたい。