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ホットケーキは生がいちばん

頭ゆるゆるなインターネット

眠たさに身を委ねる

ねむたい。ねむたい。moです。


台風による低気圧のせいかどんよりとした気分で眠くてだるい。あと気が短い。


ぼけーーーーーっとしていた。忘れ物も多かった。ただ自分で今日の自分天使みたいに可愛いなというよくわからない気持ちの悪いフォローを入れて気を落ち着かせていた。


こんな日は悪いことを考えると際限がないから寝てしまうに限る。今日は言葉を発することも面倒で人前にいても話しかけづらいオーラを客先以外で出していたきがする。もう全てが面倒でたまらなかった。話しかけられることや決まりきったジャブ、要望の前の枕詞を聞くのも面倒くさくなってしまっていた。いつもごめんね、とかあの人に聞いたんだけどよくわからなくて、とかだいたいわかってるから面倒だった。でも言わないと言わないで失礼にあたるし結局私の受け皿の問題だ。でも面倒だった。どうしてもやっても出来ないことがあるしそれは自分もそうなのだけれど自分が声をかけたり教えたものに関して出来ないと言われるとお前の教え方が至らないせいだと責められている気がするし、っていうかほかの人はどうしてゆっくり丁寧に教えておいてくれないんだろう。相手にわかる言葉でちゃんと説明しておいてくれないから私のところに枕詞付きで質問が飛ぶんだ。それに対して私はその答えと一緒に「あの人はちょっと説明が足りなかったよね」とか「慣れだし大丈夫だよ」とか一言添えなければならない。これらは全部本当のことなんだけど、こういう言葉を1日に何回も発して、何回も同じ「至らない自分」に向き合うことは大変。疲れる。


生理前だからなのかそもそもどうして私にわからないことを聞く、という立場なのに私の手を止めさせて自分の方に呼びつけるんだとか些細な文句が止まない。どうして人と話してる時だの人の質問に乗ってる時に呼ぶの、とかその内容が後でもいいようなやつなの、とか。それをなんで緊急っぽく言うの真摯なリアクションとるのいちいち面倒なんだからとか、止まない。なんで私がバタバタ小間遣いのように、みんなの書類作成の世話をして自分のやらなければならないことを疎かにしてそれを指摘されないといけないんだ。

それは自分の要領も悪く、書類作成に関する周知も足りてないからだ。きちんとみんなが出来るようにルールを整えるのも仕事だ。でももう考えたくない。もうねむたいから。眠たい割には沢山書いた。愚痴を吐き出すと止まらない惨めな人種だからか。



やっぱり、怒りとか悲しみとか悔しさだとかそういう気持ちは要らないものだと思う。


この前インターネットのどこかで、アンドロイドのペッパーくんは業務用だと悲しみや怒りの感情を消されると聞いた。

悲しみがあると怒られると悲しくなって仕事が手につかなくなってしまうから、らしい。


人間に似せたロボットから人間にある感情を取り除くことに関して少し物議を醸していて、私も人間の都合の良さは酷いものだな、と思ったけれどそれと同時にやっぱり怒りや悲しみって要らないんだ、と思った。

他人は私と接する上で怒りや悲しみを必要としていないことはこのロボットの話でも明らかだと思う。怒りや悲しみは面倒なのだ。自分のものでも面倒なのに他人のものならなおさらじゃないだろうか。


私はどうだろうか、と言うと好きな人の悲しみや怒りにも寄り添いたいと思う。友達でも付き合う人でも家族でも。ただ、他人全員にそうかと言われたら正直わからない。道行く人の怒りに簡単に感情移入できない。


でも…うーん。やっぱり自分のそういう対外的にむだな感情はなくなればいいのに、とも思う。でも悲しみがなければ誰かのそれにも寄り添えないのでしょうか。








始業が自分は遅い日だったのに早く家を出てしまったから更衣室で少し寝ていた。

その時に変な夢を見て、その夢で私は靴下を履いていた。

あれ、この靴下昨日履いて今日朝に洗濯したよな…と思ったことで気が付いて目が覚めた。不思議なものです。