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ホットケーキは生がいちばん

頭ゆるゆるなインターネット

今日はよく寝た

 

 

今日はすごくよく眠ることが出来ました。

金曜日せっかくお休みを入れさせてもらえたのになにも予定を作らなかったからです。

私が一番したかったのは寝ることなのだよ。あっはっはっは。でもそのうちにでかけます。たぶん。

 

百万円と苦虫女」、という映画をみています。

仕事で車を運転しているときに女優さんが好きな映画として挙げていた作品で、なんとなく気になって借りてきちゃいました。

 

と、その前にDVDの宣伝コーナーみたいな部分「水の中のつぼみ」というフランスの作品が紹介されていて。

フランス映画独特というか、あのスモーキーな、お耽美な世界観にすごく惹き込まれました。少女の同性愛をテーマにした作品なのですが。

 

フランスの作品、なぜだか好きです。フランスの音楽、フランスの映画、フランス発祥のマカロン、とか、ね。

とか言いながらのめりこむことが怖くてあんまり知らない。フランスの世界、フランスの作品、フランスの言葉、とか、ね。

 

もう少し余裕ができたら少しずつ、触れてみたい。とか言って触れないかな、まぁいいか。

 

 

その水の中のつぼみ、は原題は「タコの誕生」。フランスではタコは面倒なものの象徴のようです。少女の世界は美しく、時に面倒なもの、といったところを表現しているのでしょうか。女の子から少女へ、それから女性へと変わっていく。その世界が美しく面倒で悩ましいことを、知っているのでしょうか。

 

でも日本でタコの誕生なんてタイトルだったらネタにされちゃいそうでいやだね。

だから水の中のつぼみでよかったんだろうな。

 

 

 

 

百万円と苦虫女もすごくいい作品で。邦画ってなんか、映画館でもあまりみないしDVDももともと自分で借りてみるタイプでもないので、知らなかったんだけど。邦画って良いなって、すごく自分の価値観に寄り添ってくれたりこの世界のどこかでおんなじこと起こってるんじゃないかなっておもわせてくれる感じがいいな、と思いました。

 

女の子が100万円貯まったら別の街へいくって決めていろんなところを転々とする話なのですが、私も転々としたくなりました。

感想が月並みなんですけどwww

 

いろんな人や環境との出会いって、いいなーって引きこもりの私でも思うよね。こういうのをみると。

あとこの映画はなんか独特の間の取り方とかSEの使い方とかもいい。音楽に頼るわけではなく、呼吸の音とか外の音とか虫の声とか、そういう音をで人の心に寄り添っているのがすごくいい。

 

でも、主人公の女の子が様々なものを得ていく、彼女の世界が明るくなっていくごとに彼女がある意味実家に置いてきた・・・ってわけでもないんだけど、彼女の弟の世界も変わっていって、その対比・・・っていうか。それが苦しかった。

 

私の弟、元気にしているんだろうか。家族に会いたい。

そんなことを思った映画でした。

 

あと、そうだね、人間関係の描写とか、感情の変化とか邦画だからなのかすごくリアルでそれがいいのかもしれないけど辛い部分があったよね。

 

でもその辛さと向き合うことは、この映画を観てできたことなのだと思います。

 

辛い部分もあるんだけど、まっすぐですかっとしてて、すれ違ったりとか、うまくいかないこととか、そういう汚い部分もきちんと描写されていて、その描写もきれいにまとめたりせずに、きれいじゃないところはきれいじゃないまんま、きちんと置いたまんまになってるの、すごくいいなって思いました。

 

 

 

あんまりネタバレするのもあれなので、この辺で。

 

 

 

 

映画とか小説ってのめりこんでしまうからあんまり、見てなかったんだけど。面白いですね。

 

 

 

あーあ、弟に会いたい。

前は、喧嘩ばかりで、全然、どうでもいいわって思ってたけど、

離れたから思うんでしょうか。

お父さんにもお母さんにも、弟にも会いたい。

この前お母さんから電話が来て、小さいころの私と弟の夢を見たそうです。

そんな話を聞いたから思うんでしょうか。

 

夢の中で、お母さんは5さいくらいの私と3さい?くらいの弟を保育園で送っていたんだって。

(まず、5個差だからありえないんだけどね、このへんから笑)

 

それで、自転車の前後に乗せたつもりが私のことおいてきちゃったんだって、

それに保育園で先生に「moちゃんはお休みですか?」って言われて気付いてお母さんがどうしよう、moのこと置いていっちゃったって、

 

お母さんに見捨てられたような気持ちでいるんじゃないかって、お母さんは思ったって、お母さんは、どうしようって気持ちでいたんだって、

 

とにかく家に迎えにいこうとしたら、保育園のいりぐちがざわざわしていて、

 

そしたら私が保育園の入り口にいて「走ってきたんだよ!」って誇らしげにしてたんだって。

 

それを見て、お母さんは泣きながらその保育園ぐらいの私を抱きしめていたんだそうな。

それで、すごく申し訳ない気持ちとmoらしいなって気持ちと、子供に救われて生きてきたんだなぁって、思ったりとかいろんな気持ちが生まれて、私に電話したんだとか。

 

 

私自身もその話を聞いて小さいころの自分なら同じことしちゃうんだろうなって思ったけどwww

昔からはちゃめちゃな子供だったと聞いています。昔おもちゃ屋さんでほしいものに夢中でぼんやりしてたら家族に取り残されたんだけど店員さんに声かけて迷子の放送してもらうように頼んで放送してもらったみたいな話を聞いたことがあるwww

 

あとお母さんに怒られたらお父さんの会社(その時近かった)に行ってお父さんとか会社の人にお菓子もらって慰めてもらって帰ってくる、とか、してたらしいからねwww

 

はた迷惑な子供だったでしょうねwwwwwwwその時お父さんまだ36とかそこらだから、・・・とそのくらいの年代の自分の会社の先輩や上司の子供が自分の事務所にきたらとか思うとwww今度謝ろうwww

 

 

 

こんなターザンみたいなゴリラ女がどうしてここまでセンシティブで繊細でネクラな性格になってしまったんでしょうかねぇ☆

いやああああああんセンシティブ☆☆☆

 

 

 

もう長くなっちゃうかな、だからまた今度書こうかな。

 

昨日も、言われたんだけど、ネクラなんかじゃないよって。みんなの前で言葉を発したりするじゃないって。言われたんだけど。違うんだよね。なんか違うんだよね。

ネクラっていうか人と打ち解けられないんだよね、多分。うまくできない。

だから、私が思うのは、たとえネクラだとしても誰か一人打ち解けられる人がいるのならそれだけで生きていくのは楽しくなったり、生きづらさが解消されたりすると思うんだよね。

でも、たとえ誰とも面と向かって話が出来ないとかそういうわけじゃなくても誰とも打ち解けることができなかったら、生きづらいと思うんだよね。だから時折生きづらさが迫ってくる。自分を責め立ててくる。なんでこんな生き方してきたんだよお前、みたいな。もっとさぁ、生き方あったじゃん、みたいな。今まで逃げてきたツケ回ってきて君のこと苦しめてるんですよ、みたいな。

多分私は自分が好きというか自己愛が強いというか、ナルシストなんだよね、きっと、だから自分のことばっかりこうやって見つめてしまうし自分の世界に閉じこもってしまう。

籠もってるくせに、人の感情に鈍いくせに、唐突に過敏になったり、目をそらしたくなったりして、人の言葉を信じなかったりして。

 

現実世界でうまくいかなくなるたびにインターネットの世界に逃げては一時の感情を言葉にして載せてみたりして・・・いまもこうやってしてるけどさww

なんていうのかな、心の強くない人達が集まる掲示板を見ては励まされたり軽率に大げさなことを書いてみたりして。それで優しい言葉をかけてもらってもそんな同情なんて、みたいな、はねのけかたをして・・・その時はありがとうっていうけどさ、なんていうのかな。ひどい人間なのかな。言葉のかけがいがない人間だよね。そう、だから、そういう人間であるってことも認めたくなくて。本当は。そういう人間であることを無視して生きてきたんだけど。なんでここに書いてるんだろう。やっぱりわかってほしいのかな、なぞw

 

うまくいかないことを人に伝えたら、なにか行動を起こしてもらったら数日後、数か月後、数年後でも、それがうまくいくようになったことを見せる伝える、それであの時はありがとうって言うのが様式美というか、自分のなかでそうあるべきだってなんか・・・縛りが多分あって、自分の中に。それがきつくて、伝えられない。いつも。停滞してるから。自分のうまくいかないことってうまく解決できた前例が少ない。

多分、創作の世界に籠もってたからなのかもしれないんだけど。演劇の脚本は特に、起承転結が大切で、フラグは回収されて然るべきだし、演劇として好まれるものは大体がハッピーエンドで、自分もそういう作品ばかり創ってきたから、そういう、なんていうのかな、あるんでしょうね。抑圧っていうらしいですね、そういう心理的な縛りを。

 

だから、相談とかされてもうまくいかなくてもいいってことしか伝えられないんだけど。私が何をいってもそこから努力をしてもらっても、だめなときはあるし、解決は健康的だけど、そうじゃなくてもいいじゃん、みたいな。だからゆるいって言われるんだけど、多分。

 

 

ほんとう、ずっと籠もってるよ。自分の世界に。社会になじめない、誰にもなじめない、自分の気持ちが、身体が、いろんなところに馴染んでいかない。

馴染めない、自分の持ってる要素でいろんなところで馴染めない。ああ羨ましいなと思いながら見てる、でもそう、私が馴染めるようにいろんな優しさをもらうんだけどだめで、うまくいかない。いつもお世辞とかやさしさだけで生かされているような気がしてる。社会的に私みたいな人間を痛めつけることは害悪だから何もしないでおこうかな、みたいな、そうやっていかされてる感じがする。お前らの本音は知ってるぞ、みたいな被害妄想に日々囚われている、それに私が思うよりも現実は厳しいのだと思う。ああ・・・・・・っていうのが、解決しない。どこにいても何をしてても、より楽しい気分でこれを振り払わないと解決しない。振り払ったとしても、一人になった時とかふとしたときにぼんやり帰ってくる。この感情が。

ない、ばかりの人生。いや、楽しいこともあるんだけど。そんな毎日夜泣いてえーんしにたーいみたいな感じでもないんだけど。

でも、ぼんやり生きづらさが積もってくるような人間の私もとりあえず生きてるってことは、なんていうのかなぁ。いつか誰かの励ましになる日が来るのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

これ、また、伊藤Mでたよwwwwって言われるんだろうなぁwww

 

っていうかこれすっごく長いねwwwwパソコンで書くと止まらないwww

 

携帯だと指が疲れてすぐ終わっちゃうんだけどねwwww