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ホットケーキは生がいちばん

頭ゆるゆるなインターネット

裁縫セット

昨日酔っ払ってしまって、いつの間にか朝になっていた。

朝まで繋いでいた電話は私の平日6時にかけているアラームによって切れてしまう。その音が聴こえたけれども、なにもできずに目を閉じる。


内臓が、熱い。


それなりの時間になって歯医者さんに向かう。下の歯の歯石を取ってもらった。来週は上の歯。


そのあと帰ってきて部屋の掃除をした。さすがに荒れている。掃除といっても掃除機をかけるところにまでは至らず、クローゼットなどの整理と断捨離を実施した。


そして、…あろうことか、こたつで寝ていた!!!!


なんていうことでしょう。





何ということでしょう!!!!



さんざん寝たのに、また寝た!!!




あぁ…せっかくのおやすみが。ジムにも行きたかったのに。





最近は、よく涙が出る。よくわからない理由で出る。

少しの傷ですぐに破ける私の心は針でちくりと刺されただけでも破裂してしまうのだろうか。

そして、泣き真似をしてその場を凌ごうとして本気になって泣いてしまう時もある。子供か。


涙の理由をよく聞かれる。なにを思っているのか言葉にしないと、とも思う。

ただ、それがわからないことが多い。なぜか悲しい、と言うよりも自分がいなくなってしまえばいいのにという感情で頭がいっぱいになってしまう。

そして、そんなことに捕まる自分はその人にとって疎ましいのだと、思うと苦しい。


その時に、心を縫ってもらえたことがあって。それが嬉しかった。

といってもこれは比喩表現でなく、本当に胸元で縫う仕草をするというものなのだけれど。

それが嬉しかった。


破けたものは、それで用無しなのではなく、また治せばいいのだ。

つぎはぎでもいい味がでればいいんだ。


やぶけなければ、壊れなければ、見えない形もあるんだ。



嬉しかった。



ついでにいうと、ちくちくと胸元でやるあの動作が、可愛かった。少し癒された。

あれ、今日22日だと思ったら23日だった


そして、今日は1日大御所の方のタクシー役となった。本当は今日、活力が湧いてこなかったのですごく運がいい。やっぱり、運がいい。



うんうんっ。


最近、ブログのタイトルを打つと一度打ち直すと訂正ができなくなってしまっている。なぜ…。

昨日、記事を書いてから情緒的には落ち着いていて。もうこの年齢なのだしきちんと乗り越えていこう、という風になりました。いつまでも支援をもらって生きるわけにはいかない。


昨日、久しぶりにびっくりドンキーのハンバーグを食べました。

昔、実家の近所にあったのでよく家族で食べに行ったのを思い出した。なにかにつけて、びっくりドンキーに行きたがっていたなぁ。

やっぱり、美味しかったです。一緒にいて、楽しい人とびっくりドンキーにいくのは幸せ。


どんどんどん、どんきー



どんき、ほーてっ



また違いますね、これは。

蜘蛛の劔

誰か、他人に意地の悪いことをしたことの無い人間はいるのだろうか。

姑息なことをせず、隣人を愛した人はいるのだろうか。

少なくとも、私は出来ませんでした。
そのツケが、今を創っているのかもしれない。




この前、食事会のチケットが余ってしまって中学のときの友達やその先まで一緒だった友人を呼んだ。ただ、一人だけ足りなくて、いわゆる「当時は友達グループが別だった」中学の友人を呼んだ。

私はタイミング的に、それぞれのグループに声をかけてしまったのである。

どちらも、私にとっては大切な友人だった。確かにそう…あまり関わりはないけれど、食事会一時間くらいだし楽しく話ができればと正直軽率にメンバーを決めた。

そして、「○○さんも参加になったよ」と声をかけたら、一人の様子が変わった。私はいかない、と言い出したのである。

私は、思い出した。昔、その子はその人に嫌がらせをされていた。
その人は、いろんな人に嫌がらせをしていた。靴を隠したり、給食着を隠したり。その子は特にターゲットにされていたように思う。

私の学校は、なにか気に入らないことがあるとその人のものを隠したり、仲間はずれにしたりするようなものが流行っていた。私も上靴がなくなったことがある。だから多分みんな、本当にスクールカースト上位の人間でなければなにかが無くなっていた。無視もあって、された時は辛かった。それをきっかけに不登校になってしまう人もいた。

そして、自分もそれを止めず、彼女を守ることも出来なかったことを思い出した。
それしか思い出せないけれど、本当はもっと酷いことをしたのではないか?
本当に正直にいうと近所に住んでて、帰り道にイタズラで犬のフンを踏ませるなんて最低なことをしていた…もう自分も十分に酷いことしてる。

私は、幼稚園の頃に村八分のような状態になったことがある。だから、多分幼稚な私は、自分がターゲットにならないようにということばかり考えていた。本当に最低だ。

こうなってやっと、当時のことを思い出した。私が知らないだけでもっと、酷いことをされていたのかもしれない。されていなかったのかもしれない。だけれども、とにかく、最悪なブッキングをしてしまった。


私だったら、どれだけ苦しいだろう。
なんて酷いことをしたんだろう。


その子に謝りの電話をいれたら「今の彼女がどんな人だかわからないから…行きたいけど、行きたいけど複雑な気持ち」と言われた。謝ったら、「○○は知らなかったでしょ」と言われた…私は、当事者なんだよ。知らないわけがない、なのに軽率に忘れていた。本当に、最低だ。

確かに、彼女は変わった。人を好きになって、あたたかみのある人になった。だけれど、その理屈は意地悪をされた人には関係がないことは未だに私を20年も前に村八分にした人間を許せない私が、知ってる。だから苦しかった。謝るしかなかった。
その時はなんとか終わったけれど、自分を憎んでも憎みきれない。そして、こんな場所に書いて誰かに救われたい自分も、浅ましくてひどく憎たらしい。消えてしまえばいい、本当に、消えてしまいたい。そんな酷いことをしながら、平然と生きて、さっきだってなにかに心を弾ませたりして、自分が恐ろしい。





私は、乗り越えられない。こんな卑劣なことをしておいて、平然と生きられない。
酷いことをしていたのに、忘れていたなんて、どんな人間性をしているんだろう。
そんな考えに包まれると、どうしようもなくなる。許されたい、だけれどもう許されることもできない、心のどこかで、誰かに、憎まれている。自分は憎まれている。消えてしまいたい。自分を愛してくれる人がいる。そのことすらも、申し訳立たない。これを知らない人に、私はそんなことしたことありませんといった顔で、平然ともう接することができない。怖い。とにかく自分が怖い。

もしも…生きるのならば、これは、どのように、受け入れていけばいいのだろう。意味のあることにするには、どうすればいいのだろう。きっと、命をなくしたりはできない。だから、生きるには…どうすればいいのだろう。

寒波


季節的に寒い日が続いています。


寒いせいなのか、毎日へとへとして、眠ってしまう。休んでも休んでもそんな心地がなくて、でも決まった時間でないと眠ることができない。そして、夜になると起きたいのに起きていられない。帰ってすぐにごはんを作って眠くなってしまう、生産性のない日々。もう帰ってなにもせずに一度眠ってしまったほうがいいんだろうか。ごはんを作ることも、私にしてはひとつのやることというか、少し労力のいる作業で、でもそれは別に世間的には生産的な活動ではない。なんなのだろう。体力がないせいなのか。


炊事洗濯そうじ、それを一日ひとつこなすとなんだかもう、疲れてしまう。これまではひとつできればいいやって思ってきたけれど、それが必ず炊事になると洗濯そうじまでまわらない。


私は、なにをしてるんだろう。

もっと活力のある人間になりたい。


仕事をしていてもなにをしていても人と関わると気を張ってしまう。あれを言えばこう思われているのか、と言葉を発した後に思う。言葉がないとそれはそれで好感度が下がったのではと勘繰ってしまう。疲れる。

誰になにを言われても嘘なのではないかと疑ってしまう。勘繰りが面倒だと思われるのではないかとまた勘繰る。その繰り返し。


疲れているのだろう、だからおかしなことばかり考えてしまう。なにも考えたくない。消えたくなってしまう。そんな自分はいなくなればいいのに。

新年

年が明けました。

あけましておめでとうございます。

 

去年のことを話すと鬼が笑うとは言いますが、一年間を振り返るとどのような一年間だったのでしょうね。

 

私は変わったのでしょうかね。変わったのかもしれないです。

 

 

音楽に関しては流行りものもそうでないものも聴くようになりました。

個人的には去年のはじめにYMOに卒倒したのは良かったな、と思います。そういえば小さい頃親がよくライディーンをかけていて、というかあの時親がよく車でかけていたのはYMOのアルバムだったんだなとここに来てわかった。

 

あとはアイドルとかヘビメタとか、これまで若干かじっていた部分を深めるようになりましたね。自然と。

 

食事に関してはまぁ・・・不摂生になったのかもしれない(笑)

今まで本当は好きなパンを食べないようにしていたのですが今年になってジムの近くにパン屋さんがあることもありよく立ち寄ってしまうようになりました(笑)

あとは、うーん。自分の食べられないものを、食べられないとちゃんと言えるようになりました。それでもそのネタで軽くいじってくれる人が周りにいてくれることにも感謝。

あと辛いものもよく食べるようになりました。人の影響を受けていると思うのだけど、健康的でいいなと思ってます。

 

 

あと人間関係も少しかわり、去年のはじめの自分では想像できなかったようなことが起こっている。予想外の人が今すごく近くにいるのではないか、と思う。

おととしと比べたらなおさらなんだろう。自分はおととしと比べたら大きく大きく変わったのかもしれない。

 

で、こんなに変化ばかりの自分だけれど、今年はどうなるんだろう。このまま変わらなくても、いいのになと思ってしまう。

現状維持、というわけではないけれど・・・そう、このまま続けばいいと思ってしまう。

 

今年は、どんな一年になるのだろう。

 

 

今年はなんか、はじめてみたいなぁ。

 

去年の初めにDJを友達から教えてもらったけれどなんとなく練習も進んでいないし、今年の夏ぐらいにどこかで発表できるようになろうかな。

でも、私は自分の好きな曲を何度も何度も聴いている方が好きだしあんまり向かないのかもしれない。気が向いたら始める。

 

あとは、演劇の台本を2本、書いてどこかに公開しようかなと思います。

 

仕事はどうなるんだろうな。でも、こればかりはわからないな。

多分、今年のうちに異動になりそう。いろいろなことを加味して私が同期で一番最初なんだと思う。本当はまだ異動したくない。

 

個人的な予想では7月か10月。

 

うーん・・・自分で仕事をみつけて自分が評価されるところがいい。他人に評価をもっていかれたり、いやむしろ評価を得にくいところはいやだ(笑)今が同年代も多いしみんな頑張っているからそういう状態で、いやだ。私褒められたい!(笑)

 

もう少し実力や資格を身に着けた時点でどこに異動するか決めてほしい。まだこの状態ではろくなところに行けないだろうという、うーん。ちょっと思っているから。

今やっと、これまでの貯金がたまったかのように褒められることが増えた。言われることも多いけど、でもこれからなんだと思う。これからなのに。

私の得意とする分野、光るかなって分野は後輩にどんどん譲っていかないといけないし、そういう意味でも正直・・・遅かったのかなぁ。

去年進路を考えるにはちょっと遅すぎるけど、それでも何かしないとだめだよと言われていた。その意味が今ならわかるwでも去年のはじめじゃわからなかった。もう、いいや。今わかったし。

 

あとは、自分の見ている後輩に対して自分はまだまだできてないことが多すぎるからまだ異動したくない。半面、もう異動してしまいたいときもあるwでも異動したってどうにかなるんだろう。だから、そのあとの状態をみてみたい。

 

異動するときは少しでも惜しまれたい。色紙もほしいけど、ここ数年の調子を見たら無理か(笑)

 

資格を3つくらい取得したい。

 

あと見た目に関してももう少し痩せてよくなりたい。今は写真を撮られても全然なんか、いいと思えないから。もう少しよくなりたい。

 

 

性格に関してはもう少し大人になりたい。だけど、大人ってなんなんだろうね。大人というか、社会性をもっと身に着けたい。もう少し人付き合いをやりやすくしたい。

あと親しい人に口が悪いのをやめたい。

 

 

最後に、去年はずっとキャラクターとしての自分と人間としての自分、というのに悩んできた。

私は周りからしたら生活における登場人物で、キャラクターで、そのキャラクターが自分にあったことを開示しないというのは、「ああもういいや」と思ってしまうことなのだと、去年思ってきたし実際言われたことがあった。

 

だからこそ、キャラクターとしての自分を自覚し、話したって他人は自分に興味を持たないだとか話のネタくらいで終わることを自覚し、自分を開示していくべきなのだろうと、思う。だけれども、私は人間でそうやって話のネタにされることを嬉しいとは思わない。勝手に話をされることで被害妄想は強くなるしなによりも疲れる。

 

周りの人間はデリカシーがない、とも感じる。だから、もう正直自分でもどうしたらいいのかわからない。

ある意味、自分の気持ちの動きを止めることで解決できることなのかもしれない。自分はキャラクターであることを自覚することで人間としての自分も生かされるのかもしれない。

 

まぁ、そうですね。今年は自分が心を消費しそうな分野に関してはなにも考えずに流せるようになりたいです。

周りがなにを言っても本当の自分のことを知っている人がいればいいと、強くなりたい。

青い電線


長い長い電車に乗っている。

様々な県をまたぐものだからここが何県かがわからない。


これから病院に行きます。腹痛の話をしていたらお母さんが昔かかった病気と似ていて心配とのことで、実家の方の病院へ。


母の行きつけ、というものはなぜなのか安心してしまう。自分と関わりのある人の馴染みのある場所は自分を馴染ませやすい。母親がいなかったら私はこういう時、どうするのだろう。ただ、その病も女の人にはありふれたものらしい。だからまぁ、どうなってもいいかな、と思う。


お腹が痛いのも少しずつ症状の出る日が少なくなってきて、冷えなのかなとも思うし。冷えか、胃腸を悪くしているのか、それなのか。わからないけれど、とりあえず生きているうちは大丈夫。

あとは最近なぜか右手の親指が痛くてもしや捻挫では?と思っている(携帯で文字を打つと痛い)

でもまぁ、堪えつつ気をつけつつ過ごすことができている。


少し前はストレスに全身を覆われているような心地で心の状態もよくなく、それでお腹が痛くて指も痛くて満身創痍だ、と思っていたけれど、少し心持ちが違う。


ゆっくりとした気持ちで過ごしている。おやすみだからだろうか。心に住まう人のことを思い出しているからだろうか。